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 西日本出会いと再発見の旅 
    徳山、新見、鳥取、舞子 
    神戸市内  
    神戸市内  
    大阪(大阪城公園)   
    京都(鞍馬〜貴船)


以下、ミニ画像をクリックすれば、
拡大写真が表示されます



西日本
出会いと再発見の旅

(13.5.14〜5.18)


行程の概略
  千葉〜東京〜徳山〜岡山
新見(泊)〜米子〜鳥取(泊)
〜三宮〜舞子〜神戸(泊)
大阪(泊)〜京都〜東京
〜千葉


徳山〜新見〜鳥取〜舞子
徳山 (5.14)
 笠戸島から見る
 笠戸湾に浮かぶ古島
 笠戸島から見る
 笠戸湾と中国電力発電所
新見、井倉洞 (5.15)
 朝の伯備線新見駅
 内部に井倉洞を抱える
 高さ
200mの絶壁と滝
 全長1200m、高低差
 
90mの井倉洞の入口
 狭く天井が低い
 井倉洞の探勝路
 白く大きな「鬼の手袋」
 峡谷を思わせる
 「三段峽」
 傾斜のきつい登り階段
 の始まり
 本の石筍が通り抜けを
 妨げる「とうせんぼ」
 探勝ルートの終わりに
 近い「見返りの池」
 一気に下る出口への
 急傾斜の坂道
 下りの途中で目にした
 五色の壁面
 こじんまりした
 伯備線井倉駅
鳥取砂丘、智頭急行線
 (5.15〜5.16)
 黒坂付近の車窓から見る
 伯備線沿線の集落
 米子到着の近い車窓
 から見る伯耆大山
 米子駅に到着した
 特急やくも7号
 快速とっとりライナーの側面の
 イラスト「まんが王国とっとり」
 山陰本線鳥取駅
 展望台から見る
 鳥取砂丘
 鳥取砂丘の中心馬の背と
 霞む長尾鼻方面
 鳥取砂丘の
 先に広がる日本海
 智頭急行線経由のスー
 パーはくと
号京都行き
 明石付近の車窓から
 見る明石海峡大橋
舞子、明石海峡大橋 (5.16)
 舞子デッキから見る
 明石海峡大橋
 世界一の吊り橋明石海峡
 大橋とその先の淡路島
 プロムナードから孫文記
 念館と明石の浜方面
 海上プロムナードから
 見る明石海峡の水面
 プロムナードに設けられ
 たガラスの観察窓
 プロムナードから見る明石
 海峡大橋直下の水面

井倉洞は有名な秋芳洞と比べればずっと小さい鍾乳洞ですが、写真にもある通り通路が狭く高低差が大きいので結構迫力が感じられます。この日は係員以外誰もいない早朝真っ先に入ったので、丸々40分間は暗い洞内を一人っきりで上り下りするスリリングな探検になりました。

伯耆大山はまたまた霞がかってよく見えず、鳥取砂丘も特に驚くような規模とは感じなかった私ですが、鳥取グリーンホテルの素晴らしさは正直予想外でした。小さいながら他地域の一流ホテルにも負けないほど至れり尽くせりの設備とサービスに、さすが辛口の私さえ感動を覚えたくらいです。

鳥取から神戸への最短経路が智頭急行線経由で、山陰本線と福知山線経由の半分しか時間がかからなかったのは、その後の行動プランの内容を充実させるのにたいへん役立ちました。

一度は見たいと思っていた明石海峡大橋を海上プロムナードで見学したあと、神戸に帰ってからの時間もたっぷり残り、ゆとりを持って予定をこなすことができました。
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神戸市内 
元町〜三宮 (5.16)
 大震災犠牲者の慰霊と復
 興を願う「
1.17希望の灯り」
 「希望の灯り」に刻まれた
 切実なメッセージ
 三宮へと続く
 フラワーロード
 フラワーロードの中間の
 国内で最初の花時計
六甲山 (5.16)
 六甲山への玄関口
 六甲ケーブル下駅
 六甲山上「天覧台」から
 見下ろす神戸市街
 六甲ケーブルカー
摩耶山 (5.17)
 摩耶ケーブル下駅
 摩耶ケーブルの路線
 摩耶ロープウェイ星の駅
 ホームに到着したゴンドラ
 摩耶山山頂の展望台
 掬星台
 掬星台から見る
 神戸市東部の市街
 摩耶ロープウェイ
 星の駅の入口

明石からとんぼ返りで元町で下車し、阪神・淡路大震災の慰霊の場を訪ねたあと六甲山に向かいました。夜景を見られる時刻までいるのは無理なのでおとなしくホテルに戻ってからは、翌日の異人館街散策の準備です。

翌日の午前中は北野異人館街をゆっくり散策したあと摩耶山に向かいました。その後は早めに大阪に移動してホテルに入り、懐かしい知人との再会を待つことになります。
 
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神戸市内 
北野異人館街 (5.17)
 朝の北野の表情
 史跡「三本松」
 狩猟家ベン・アリソン邸
 「ベンの家」、
1902
 ベンの家の一室
 狩りの獲物の展示
 左右対称の外国人用アパ
 ート「洋館長屋」、
1904
 洋館長屋(別名仏蘭西館)
 の一室、食堂
 典型的なコロニアル様式
 の建築
 「英国館」、1907の門扉
 英国館の一室
 バーカウンター
 庭園側から見る
 シックな造りの英国館
 英国館の一室
 ベッドルーム
or 休憩室
 英国館の一室、食堂
 木造の異人館
 「神戸北野美術館」、
1898
 旧ドレウェル邸
 「ラインの館」、
1915
 旧パナマ領事館、願いを叶
 える彫刻、シーホース 
 旧パナマ領事館の一室
 鮮やかな色彩の衣装
 元貿易商の邸宅
 「異人館パラスティン邸」
 アメリカ総領事の旧邸「萌
 黄の館」の一室、居間
 萌黄の館(1903建築)の
 一室、応接室
 萌黄の館のベランダ
 窓で囲まれ開放的
 萌黄の館の裏庭に
 ある大きなクスノキ
 旧ドイツ人貿易商邸
 「風見鶏の館」、
1909
 レンガ外壁のネオゴシック
 建築、「風見鶏の館」
 風見鶏の館の一室
 応接間
 風向きの他に魔除けの役割
 もある尖塔の上の風見鶏
 ウイーン・オーストリアの家
 モーツァルト愛用の複製
 「デンマーク館」の一室
 人魚姫(マーメイド)の像
 デンマーク館の一室
 バイキング船のレプリカ
 元オランダ総領事館
 「オランダ館」(香りの家)
 外国人向けの高級借家
 「うろこの家」、
1905
 天然石のスレート外壁が
 魚鱗に似たうろこの家
 ギリシャ神話のイノシシ
 ポルチェリーノの彫像
 旧サンセン邸「山手八番
 館」入口の龍燈鬼像
 山手八番館の一室
 東洋風の室内
 山手八番館の一室
 仏像
 「北野外国人倶楽部」の
 入口の馬車模型
 坂の上の異人館の一室
 東洋の香り
 坂の上の異人館の一室
 座卓のある応接間
 坂の上の異人館の一室
 花瓶

この旅の主目的の一つである異人館街再訪(前回は10年以上前で記憶も薄れ写真もほとんど残っていない)の記録です。私には少々気温が高かったものの天候にも恵まれ、ゆっくり回ることができました。早出のため観光客も少ないのは有り難いことでした。かなり観光地化してはいますが、横浜山手とはまた違った独特の雰囲気をたっぷり味わうことができました。

有名な風見鶏の館や萌黄の館も魅力的ですが、「うろこの家」の独特の景観には特別強い印象を受けました。それら以外の施設もそれぞれ工夫をこらしている様子は感じられたものの、あまり記憶に残るほどのものはありませんでした。
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大阪城公園 (5.18)
 大阪城の梅林
 大阪城の梅林そばから
 見る内濠と石垣
 豊国神社の拝殿
 大阪城桜門前
 市民の寄付金で1931年に
 復興された大阪城天守閣
 広場から見る
 地上55mの天守閣
 修道館
 六番櫓
 多聞櫓
 大手門
 大手門前から見る
 千貫櫓
 大手門前から見る
 西外濠
 南西側から見る天守閣
 極楽橋たもとにある
 刻印石広場
 大阪城の北の入口
 極楽橋
 極楽橋付近から見る
 天守閣
 青屋門付近から見る
 北外濠

前夜に知人との再会を済ませ、この日は先ず大阪城公園を歩き回りました。大阪夏の陣の屏風絵を元に大阪市民の寄付で再建されたそうですが、やはり大阪のシンボルの一つだと思います。西の丸公園が工事で通り抜けできず多少予定が狂いましたが、梅田での別の知人との会食には十分に間に合いました。
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京都・鞍馬越え (5.18)
鞍馬駅〜魔王殿 
 鞍馬駅に到着した
 叡山電鉄の車両
 鞍馬駅の待合室
 叡山電車鞍馬駅
 鞍馬駅前に鎮座する
 大天狗の面
 鞍馬寺参道の石段
 鞍馬寺の仁王門
 参道そばにたたずむ
 魔王の碑
 由岐神社の仁王門
 仁王門から本堂までの
 長く傾斜のきつい石段
 石段わきの神木
 650年前金星から飛来し
 た魔王を祀る由岐神社
 由岐神社本殿前から
 見る仁王門
 由岐神社裏門そばの
 楓の古木
 由岐神社から
 鞍馬寺本殿への石段
 枕草子にも登場するつづ
 ら折りの本殿への参道
 鞍馬寺の本殿金堂
 鞍馬寺奥の院への石段
 鞍馬山の文化財などを
 展示する鞍馬寺霊宝殿
 牛若丸が乾きをいやした
 「牛若丸息つぎの水」
 奥州へ下るとき名残を惜し
 んだ「義経公背比べの石」
 僧正ヶ谷不動堂
 魔王尊の脇侍「遮那王尊」
 として祀る「義経堂」
 岩盤が固く杉が根を張れ
 ない「木の根道」
 鞍馬寺奥の院奥の院
 魔王殿
魔王殿〜貴船 
 魔王殿から貴船側への
 急な下り
 貴船側から鞍馬寺への
 参拝口、西門の橋
 貴船神社入り口の鳥居
 貴船神社の本宮
 貴船神社本宮の神馬
 貴船神社の結社
 貴船神社奥宮の入口
 貴船神社奥宮

午後早く帰るのは勿体ないので、ついでに京都に行き鞍馬から貴船に抜けるハイキングを予定してありました。十数年前に逆ルートで歩いたときの記憶は全くなく新鮮な感じでしたが、貴船に下りてからがたいへん!折角貴船に来たのなら是非奥宮まで行こうと頑張ったのはいいものの、最後に京都駅で買い物をする時間を確保しなければならないのに、貴船に下った時点でバスの発車まで僅か40分しかなく、半ば走るようにして奥宮までを往復してからバス停目指して走りました。84歳の身にはさすがにきつかったです。何しろバス停に着いたときは発車の分前でしたから、正に滑り込みです。 
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この旅の主目的はつありました。一つは徳山と大阪で知人に会うことで、“先のあまりない”私には「最後の晩餐(or ランチ)」だったのです。徳山の知人は地域での活動に情熱を燃やしていましたし、大阪で会った知人たち(29年前にグループツアーで北欧に行ったときの仲間)はどちらも元気そのものでした。京都に向かう直前に大阪駅ビルで食事をともにした知人は家族揃って会いに来てくれ、特に当時12歳だった可愛い坊やが今風でない落ち着いた立派な青年に成長していたのを見て、月日の過ぎる早さを改めて思い知らされました。

二番目の目的は神戸の町をくまなく歩くことでした。北野異人館街は
時間かけて歩きましたし、六甲と摩耶にも登りました。どちらも山好きな私がよく読む新田次郎の小説に関わる山です。不世出の登山家であった加藤文太郎(「孤高の人」の主人公)が散々歩き回ったのが神戸周辺の山々、とりわけ六甲山系だったのです。今では簡単に行けますが、当時の加藤文太郎はろくに登山道などない所を常人の倍の早さで上り下りしたそうです。

最後の目的は鞍馬山を鞍馬から貴船まで抜けることです。坂道や階段を登るのは平気な私ですが、半年前にヘルニアの手術を受けているのでどの程度回復したかが気にはなりました。手術の担当医が「また山歩きができるようにしますよ」と言ってくれたので大丈夫だろうとは思っていましたが、全く心配がなかったと言えばウソになります。幸い何の支障もなくちょうど
時間半で貴船に抜けることができました。

三都と言いますが、神戸と京都には興味があっても大阪にはあまり・・・というのが正直な所です。申し訳ないとは思いますが、東京以上にセカセカと動き回る人々の中にいるのは苦手なんです。元々町中を歩くより野山で自然と触れあう方を遙かに好む私なので、混雑と騒音はできるだけ避けたいのです。そのため若い頃から人混みを避け、
89歳の今でも階段を使うのが当たり前になっています。そばにエスカレーターがあっても初めから無視です。長年にわたる習慣なので何の苦痛も感じません。そうした数十年にわたる生活習慣が足腰の強さや心臓の強靱さをもたらしたようにも思います。
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