旅についてのこだわり 


同じ旅と言っても、その形や内容は人それぞれです。ここでは、「自己紹介」に書かれてあるように物事の価値基準が他の人々とかなり変わっている私の、旅に対するこだわり(つまり、わがままな思い)を書いてみます。


 
    ○ 
原則としてひとり旅です。理由はただ一つ、何の気兼ねもなく自由に歩き回り、気
      に入った所でたっぷり時間をとって楽しむことができる
からです。ツアーコンダクター
       の旗の後についてドヤドヤと歩き回るのは、私のようなわがままな人間には耐えられないこ
       とです。まるで自分の意志を持たない羊が屠所に連れていかれるような感じがしてならな
       いですから。海外旅行も最初のうちはグループツアーで行きましたが、だんだん息が詰
       まってきてひとり旅オンリーになりました。旅に限らず何事でもそうですが、
自分で汗を流し
      苦労を重ねて得たものは他人任せで楽をして得たものより遙かに内容が濃く、深く
      刻みつけられた記憶として人生を彩ってくれる
のだと思います。
    ○ もちろん、グループツアーでなければ出掛けられない人々もいることは当然ですし、私自
       身もいつそうなるかは分かりません。だからこそ、それまではこのように自分流の旅を続けた
       いのです。
    ○ また、短時間にできるだけ多くの場所を回るのがいい旅とは考えません。旅の目的に合わ
       せて精選した場所を時間をかけて訪れるのが最も意味があると思っています。
    ○ ひとり旅の場合は当然
綿密な事前調査と周到な準備が必要になります。旅に出掛け
      る前に現地の状況を十分に把握
し、全体の輪郭を頭に入れておくことです。これは一
       見面倒な作業に見えますが、
この過程が旅の楽しさを倍加させてくれるだけでなく、何
       回も吟味を繰り返している間に地図もルートも自然に頭の中に入ってしまいます。
    ○ また、特に
海外の場合は安全に関する情報は確実に得ておくことが必要です。
       もっとも、最近は国内にも”人間の皮を被った野獣”が多数放し飼いにされているような
       ので、決して油断はできませんが・・・・。

    ○ 私の場合、
まず体力を必要とする海外の旅、そののち国内の旅をと考えました。事
       実、あの狭い機内で十数時間も過ごすのは、決して楽なことではありません。特に時差
       の大きい東西の移動は、時差対策をきちんとしてもかなりきついものです。
    ○ それにもかかわらず、私には国内より海外の方が向いていたようです。国内ではどこに行
       っても混雑する上公共マナーに無頓着な人も増えて気疲れがひどく、ゴミの散乱やタバコ
       騒々しいわめき声などに悩まされますが、海外では場所さえ選べばそのようなことは殆どなく
       自分の流儀で落ち着いて歩き回れます。
外国人に囲まれて見知らぬ土地にいると自
      分が地球上に存在しているのだという思いが不思議なほど身近に感じられ
ます。
    ○ 
国内は50代までの信州を主とする登山以外はほとんど訪れてなく、北海道には2005
       まで、四国に至っては
2010年まで一歩も足を踏み入れてはいませんでした。最後の未踏
       の地であった九州には
2012月になって初めて行きました。2002年から国内の旅に
       切り替えたもののほとんどは登山やハイキングという有様でしたが、最近はさすがに体力の
       関係から街歩きも多くなってきました。

    ○ 
移動は公共交通機関、とりわけ鉄道が最優先です。荷物の問題などちょっとした苦
       労はありますが、出発日と帰着日は宅急便を利用すれば問題ありません。何と言っても
      
全ての交通機関の中で際だって安全です。元々レールファンでもあり、車窓からゆっ
       くり風景を楽しんだり駅弁に舌つづみを打ったりするだけで十分満足できるのです。鉄道
       車両自体への関心も深いので、退屈する暇はありません。どんなに低料金でも、車内が
       狭く危険がいっぱいの道路を走る長距離バスは大の苦手ですし、事故に遭う確率が他
       の交通機関より格段に高く(年間数千人もの死者とその
100倍以上の負傷者を生み出
       す)無法ドライバーが年々増える車はもちろん、事故の確率は低いものの一旦落ちればま
       ず命がない飛行機も真っ平ごめんです。
「格安」という文字を見た途端その裏に見え
      隠れする「安全軽視」を思い拒否反応を示すという変わり者
で、費用や所要時間、
       乗り換え の多さなどよりも、安全性の確率の高さを先ず考えてしまうのです。
     


 旅先で見かける諸々の光景 

ここに書かれた内容は、私の今までの経験から独断と偏見に基づいて書いたものなので、
当然異論があると思います。
ご意見があればメールコーナーからお送りください

    
    ○ 私は
観光バス旅行がどうしても好きにはなれません。狭い車内に押し込められ、聴き
       たくもない歌やガイドの説明を押しつけられるのが苦痛だからです。戦後流行し始めたこの
       タイプの旅が果たした旅行大衆化の功績はもちろん理解していますが、その反面、車内で
       の勝手放題な振る舞いを車外の公共の場にまで平然と持ち込み、
団体なら何でも許さ
      れると迷惑行為を平気でやらかすような風潮を作り出したのも事実
だと思います。
       普段会うことのない人々との交流に大きな楽しみを見いだす人も多いようですが、それは
       それで結構なことではあります。しかし、私はとにかく
「みんな同じ」という形が大の苦手
       なので、観光バスには興味を持つことができないのです。
    ○ 普段でもそうですが、旅先で道を譲るなどちょっとした気遣いをしても「有り難う」「済みませ
       ん」の言葉はほとんど聞かれなくなってしまいました。別にこうしたお礼の言葉を期待してい
       る訳ではありませんが、
これらの言葉はごく自然に出るはずのもので、それがないこと自
       体が
現代日本人の内面の貧しさを表していると思うと、とても寂しい気持ちになります。
       欧米人なら大多数が必ず
Thank you. Excuse me. Please・・・などという言葉をごく
       自然に返してくることは、ヨーロッパを個人で歩いた人なら誰でも知っているでしょう。それど
       ころか戦前の日本人はそうした面では遙かに礼儀正しく温かい応対ができたのです。
    ○ 
他人を押しのけて平然としている人も増えています。彼ら(彼女ら)は「譲る」ことを負ける
       ことだとでも思っているのでしょうが、そうした行為が
自分自身の心の貧しさのバロメータ
      ー
であることに気づいて欲しいものです。人のひしめく狭い国だからこそ、尚更お互いに譲
       る気持ちが大切なのだと思うのですが・・・・。
       ついでに言えば、人々の歩き方も随分下手になっています。本来は周囲の人の動きに気
       を配りながら
できるだけ接触を避けるように、ごく自然に歩く方向やスピードを調節す
      る
のですが、ひたすら自分の目指す方向に突進する人が目立つようになってきました。当
       然のこととして腕や持ち物がぶつかったり、ときには身体をよろけさせたりで、一悶着起きる
       原因にもなります。方向や速さの調節に加えて、混み合う場所では身体自体を斜めにする
       だけで接触が避けられるのに、それすらやろうとしません。ここにも、現代日本人の自己中
       心的な面が現れていると思います。
    ○ 旅先で楽しく過ごしたいのは分かりますし、グループで笑いさざめくのが悪いとは言いません
       が、問題は周囲への気配りです。
周りの人たちに迷惑がかからない程度の”音量”に
      抑えるのが常識
でしょう。静かに風景などを味わいたい人間にとっては非常に迷惑なもの
       なのです。ここにも、
仲間には気遣いを示せても見知らぬ人々には無遠慮になってしま
       う現代日本人の習性が現れています。電車内などでも同様の振る舞いに少なからず遭
       遇するため、私はいつも耳栓を携行しています。
    ○ 公共交通機関には”優先席”というものが存在していますが、多くの場合その必要がなさそ
       うな人々に占められています。私の場合は一応高齢者でも足腰が強靱なので全く必要が
       なくこだわりませんが、中にはどうしても優先席を利用したい人もいる筈です。本来、状況に
       応じて席を譲るのは当たり前なことですが、ここでも、公共マナーというより
他人に対する
      いたわりの点では戦前に遠く及ばなくなっている
ことを感じます。経済至上主義の社
      会は、必ずこのような人間性の摩耗を招く
のです。
    ○ 登山道などでは原則として「登り優先」です。また、貴重な高山植物などを踏みにじるよう
       では、自然に向き合う資格があるのかどうかさえ疑問になります。「他人が行くから行く」と
       いう無目的な人々はとかくこのようなことに気を配らず身勝手な行動を取りがちです。
    ○ 素晴らしい自然景観が沢山あるのに、
これほど貴重な自然を痛めつける国は先進国
      では日本だけ
でしょう。自然界の極めて微妙なバランスを理解しようともせず開発とい
      う名の破壊を繰り返している
有様を目の当たりにすると、怒りを通り越して悲しくなってしま
       います。観光立国をいくらうたっても、肝心の自然を大切にしない限り、京都や奈良などお
       決まりの場所以外を訪れる外国人が激増することは望めないと思います。
    ○
100年も前に4000mの高所まで車以外の交通機関だけで行けるよう整備したスイスは
       別格としても、
所嫌わず自動車道路をつくって観光客を誘致する近視眼的な方策
      
がどんなに自然に大きなダメージを与えるかさえ認識していないのには驚きます。「誰もが
       楽にいい景色を眺められるように」は表向きで、実は「
カネ儲けのためには手段を選ば
      ず
」というだけのことです。車は自然を傷めるだけでなく静かに眺めたい人々を危険と騒
       音、排気にさらし、時にはゴミを持ち込む不心得者も招き入れてしまいます。
マネーはあ
      ってもマナーを失ったこの国で
は今はあちこちでよく見かける悲しい光景です。
    ○ 少なくとも観光の目玉であるいわば核心部へは、電気自動車か徒歩で行くようにするのが
       自然を大切にする態度でしょう。パーク&ライド方式を取り入れるのも一案です。
安易に
      車を入れてならないのは尾瀬や白神山地だけではない
のです。近年世界遺産に指
       定された知床も観光道路ができた今では、いつ「ゴミ半島」と化すのではないかと危惧し
       ています。富士が山麓や山頂の汚さを理由に長いこと世界遺産に指定されなかったなど
       昔風に表現すれば「国辱」でしょう。都市郊外にこのような場所が無数に存在することか
       ら考えれば、富士はその
(日本人のモラルの低さの)「象徴」に過ぎないのかも知れませ
       んが、これも精神的なアメリカナイズのなせる技の一つに過ぎないように思います。。