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 トワイライトエクスプレスで
       北海道への旅
 
 会津の自然と城下町の旅 
   猪苗代、裏磐梯高原   
   会津若松
 杜の都の傷跡を訪ねる旅
   光のイベント、青葉通り近辺 
   北仙台の神社仏閣
 三陸の絶景と
   復活した鉄路を巡る旅
   小岩井・盛岡北リアス線
   北山崎浄土ヶ浜
   南リアス線等厳美渓 
 仙台七夕祭りを楽しむ旅 


以下、ミニ画像をクリックすれば、
拡大写真が表示されます



豪華寝台特急
北海道を訪ねる旅

(10.4.12〜4.16)


行程の概略
  千葉〜東京〜京都〜(車中泊)
〜(日本海岸から青函トンネルへ)
〜五稜郭〜札幌〜小樽
札幌(泊)〜函館(泊)〜青森
秋田(泊)〜新潟〜東京〜千葉


MAPルート概略

京都〜札幌〜小樽
 トワイライトエクスプレスの
 牽引機 
EF81104
 トワイライトエクスプレスの
 行く先案内
 トワイライトエクスプレスの展望室
 サロン・デュノール
 ゆったりと時を過ごせる
 サロン・デュノールの室内
 トワイライトエクスプレスの食堂車
 ダイナー・プレアディス
 明け行く女鹿付近の海岸線
 女鹿付近から望む
 雲に隠れた鳥海山
 弘前付近の車窓から見る
 津軽の名山岩木山
 ようやく五稜郭に到着した
 
時間遅れの寝台特急
 120年間時を刻んでいる
 札幌市時計台の大時計
 美しいネオ・バロック様式
 北海道庁旧本庁舎南側正面
 JRタワーホテルから望む
 早朝の藻岩山方面
 時折小雪の舞う
 朝の
JR小樽駅前
 1930年に建てられた
 旧安田銀行小樽支店
 うっすらと雪に覆われた
 小樽港埠頭
 1920年代からの
 小樽運河と石造倉庫群
 小樽運河沿いに設けられた
 石畳のふれあいの散歩道
 小樽から札幌への車窓から
 石狩湾と高島岬
函館〜秋田〜新潟
 小雪の舞う
 トラピスチヌ修道院の入口
 悪魔に打ち勝った大天使
 聖ミカエルのブロンズ像
 トラピスチヌ修道院
 慈しみの聖母マリア像
 ルルドの洞窟 少女ベルナデッタ
 と聖母マリアの対面
 トラピスチヌ修道院
 マリア像の前から聖堂と本館
 トラピスチヌ修道院
 前庭に建つ聖テレジア像
 五稜郭タワーから見下ろす
 五稜郭公園の西側部分
 五稜郭タワーから見下ろす
 五稜郭公園の東側部分
 
 五稜郭タワーから望む
 函館山と立待岬
 旧函館郵便局の
 はこだて明治館
 秋田千秋公園の池
 千秋公園に建つ
 秋田藩
12代藩主佐竹義堯の像
 復元された御隅櫓
 竿灯祭りの主役となる竿灯
 竿灯祭り用の大提灯
 明治末期の建造物
 赤レンガ郷土館
 特急いなほの車窓から見る
 庄内平野と鳥海山
 酒田駅に停車中の
 羽越線特急いなほ
10
 越後寒川付近から望む
 日本海に浮かぶ粟島
 羽越線岩船町付近から
 朝日連峰の前衛鷲ヶ巣山

乗車券の確保が奇跡に近い寝台特急トワイライトエクスプレスに乗り、日本海岸を北上して北海道を訪れるのを目的に出掛けました。

ところが、出発前から怪しかった天候が更に悪化し、長岡を過ぎた頃からは台風並みの荒れ方になってしまったのです。そのため、阿賀野川鉄橋の手前での長時間停車に始まり、その後も秋田の先までノロノロ運転と長時間停車の繰り返しという不運に見舞われ、結局函館の手前の五稜郭に着いたのが
時間半遅れということになってしまったのです。五稜郭からは先発のスーパー北斗号に乗り換えて札幌に向かうことになりました。

それでも、念願のトワイライトエクスプレスに乗ることができ、どんなに遅れようと寝台やサロンカーでゆっくりと時間を過ごせるので、普通の座席車とは比較にならない楽な旅でした。鉄橋上で列車が横倒しにされるほどの突風さえ予想できる異常な天候だった訳で、安全第一の運行は当然だったと思います。

確かに予定は大幅に狂いましたが、元々この時期の北海道は観光には不向きなので、始めから欲張ったプランではなく、特に失望する程のことはありませんでした。函館は
2005年に市内くまなく回ってあるため、今回は郊外のトラピスチヌ修道院だけを訪れました。

それにしても、人々の振る舞いが住んでいる地域によって違う事実を目の当たりにして、たいへん興味深く思いました。

札幌では人々が概して落ち着きと上品さを兼ね具えている上、旅行者に対しても親切で礼儀正しく接してくれました。秋田駅で物を尋ねた高校生も少し崩れた服装ながら年長者への応対はちゃんと心得ていたのです。ところが新潟に来ると、よく首都圏で見られるように大勢が行き交う公共の場で喚声を上げてじゃれ合う女子高生の群がいくつも見られました。そして東京では、例の通りほとんどの人々がセカセカと歩き回り、隣人への気配りなどみじんも感じられない傍若無人と無表情の世界が戻ってきたのです。

クラーク博士以来の進取の気性に富みおおらかな土地柄の北海道、素朴な秋田、新幹線で東京と直結された新潟、何もかも目まぐるしく回転する東京、そうした土地柄が人間性にどう影響するのか、僅かな体験の中でも感じられたような気がします。
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会津の高原
歴史豊かな城下町
を訪ねる旅

(08.7.31〜8.2)


行程の概略
  千葉〜東京〜郡山〜猪苗代
  (湖岸散策)〜裏磐梯高原(泊)
五色沼〜記念館〜秋元湖
〜小野川湖〜レンゲ沼中瀬沼
檜原湖畔〜裏磐梯高原(泊)
〜猪苗代〜会津若松(市内散策)
〜郡山〜東京〜千葉


MAP(南東北)

猪苗代 (7.31)
 猪苗代湖畔近くに建つ
 野口英世記念館
 野口英世が
 洗い物をした流れ
 黄熱病の研究で功績を遺した
 野口英世の生家
 野口英世が火傷した囲炉裏
 野口英世誕生地の碑
 アフリカでの研究の展示
 猪苗代から見る磐梯山
 (表磐梯)
 会津民俗館そばの
 展望台から見る猪苗代湖 
 会津民俗館そばの
 展望台から見る猪苗代湖  

やっと天候が安定しそうなので裏磐梯高原を歩こうと思い出掛けたのですが、猪苗代でのバス待ちの時間を利用して、野口記念館と猪苗代湖に回ってみました。表磐梯も眺めることができ意義ある寄り道でした。


裏磐梯高原 (8.1)
五色沼探勝路
 水面に水鳥がのんびりと
 遊弋する柳沼
 緑鮮やかな
 雨上がりの五色沼探勝路
 探勝路から眺める
 神秘的な色の青沼
 探勝路から
 水生植物の茂る弁天沼
 清冽な流れにホッと一息
 ヒルムシロが茂る
 深泥(みどろ)沼
 季節や天候によって
 色の変わる赤沼
 ようやく現れた
 五色沼の盟主、毘沙門沼
 水辺に沿う遊歩道から見る
 毘沙門沼
 水面に山と緑を映す
 毘沙門沼
 柔らかな色合いの
 毘沙門沼とその岸辺
 森の緑を映して
 微妙な色合いの毘沙門沼
レンゲ沼・中瀬沼探勝路
 休暇村付近の情報源
 裏磐梯サイトステーション
 レンゲ沼を埋め尽くす
 水生植物
 中瀬沼展望台から
 中瀬沼と磐梯山
 中瀬沼展望台から
 緑に囲まれた中瀬沼
檜原湖畔探勝路
 中瀬沼展望台から
 檜原湖畔白樺への道
 白樺舟付
 キャンプ場付近の湖岸
 キャンプ場の外れ
 檜原湖畔探勝路の起点
 裏磐梯唯一の吊り橋
 檜原湖吊り橋
 澄み切ったいかり潟を
 のんびり遊弋するカヌー
 いかり潟キャンプ場先から
 湖上に浮かぶ小島
 檜原湖畔探勝路から
 磐梯山爆裂の跡
その他の地域
 裏磐梯猫魔ホテルから
 夕日を浴びる磐梯山
 小野川湖畔のボート乗り場から
 一切経、東吾妻方面
 休暇村裏磐梯
 バス停付近のたたずまい
 大爆発が写真と模型で分かる
 磐梯山噴火記念館

この夏は、山歩きを予定していた上信越にずっと雷雲が居座っていたため、急遽行く先を裏磐梯に変更しました。天候もまあまあだったのでほぼプラン通りに行動でき、春から溜まっていた「自然との触れあい欠乏症」からもどうやら脱出できたのです。

天気変化を確認しているうちに宿泊のネット予約がギリギリになってしまい、ちょっと贅沢なホテルに
泊ということになりましたが、そのお陰で間の一日をフルに使えたため、約16kmの高原ハイクもさほど急ぐ必要もなく楽しむことができました。

普通なら観光客が大挙して訪れる五色沼は、早朝の上逆コースであったため毘沙門沼を目にするまでは単独行になりました。檜原湖畔に至っては始めから終わりまで全く誰にも会うことなく、中瀬沼でさえ一組の夫婦と出会っただけで、全ルートを通して静寂そのものの自然の中を気ままに歩くという私好みのハイキングになりました。ただ裏磐梯はクマが多いとかで餌にならないように気をつけましたが、幸いにも五体満足のまま帰ることができた訳です。

プラン作成で苦心したのは、路線も本数も決して多くない現地のバスを効率的に利用できるようなルートの組み方でした。施設の見学時間や昼食の場所と時間帯などもうまく組み込み、余裕を持ちながらも無駄なく回れたのは幸いでした。

予め決めておいたレストランモントレーでの昼食後バス待ちの時間を利用して小野川湖を眺めに行ったりしましたが、もう一日あればもっとゆっくり他の場所にも足を延ばしたに違いありません。

どのコースも起伏に乏しく路面も適当に湿っていて歩きやすかったので、“末期高齢者”でも健脚の私には何の苦もありませんでした。裏磐梯随一の景勝と言われる中瀬沼展望台ではちょうど逆光で、ご覧の通りいい写真が撮れなかったのは残念です。また、檜原湖畔探勝路は吊り橋までは視界が樹木に遮られて湖があまり見えず、ちょっと期待はずれでした。予定より
時間近くも早く回ってしまっっため長峰舟付からのバスがなく、余った時間を島巡りの遊覧船(ネットによれば随時出航)でと思って乗り場まで歩いたのに、何と時で終わりとは全くがっかりでした。

磐梯山(裏磐梯)が最も素敵に見えたのがホテルのレストランからというのは皮肉でもあり笑える話です。別に頼まれた訳ではありませんが、ホテルの立地条件の良さがその理由ということになりますね。

ホテルに早く帰ることができたため、翌日の会津若松の町歩きに備えて早めにベッドに入りました。
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会津若松 (8.2)
飯盛山〜会津武家屋敷
 会津若松駅に到着した
 磐越西線快速列車
 城下町風の造りの
 会津若松駅舎
 冷房のないのが玉にキズ
 町中周遊バスあかべえ
 会津歴代藩主の休息所
 旧滝沢本陣
 旧滝沢本陣
 遠州流庭園
 飯盛山参道入口
 白虎隊士が隠れた
 戸の口堰洞穴
 珍しい構造をもつ
 六角三層のさざえ堂
 さざえ堂の螺旋階段
 白虎隊19士の霊像が
 安置された宇賀神堂
 蘇生した白虎隊士
 飯沼定吉の墓
 白虎隊士自刃の地で
 鶴ヶ城を望む少年の石像
 戊辰戦争で自刃した
 白虎隊士
19人の墓地
 白虎隊士以外の
 少年武士
62名の慰霊碑
 会津武家屋敷入り口
 直参五千石の旗本
 松平群次郎の代官所中畑陣屋
 中畑陣屋の台所
 獅子舞のかぶり物
 会津の三匹獅子
 羽黒山中腹の
 会津松平家廟所
 松平家院内廟所の
 松平容保の墓
御薬園〜鶴ヶ城
 御薬園
 薬用植物園入口
 御薬園
 重陽閣とスイレン
 心字の池と
 亀島、お茶屋御殿
 鶴ヶ城
 三の丸から二の丸へ
 鶴ヶ城二の丸から
 本丸への廊下橋
 鶴ヶ城大広間跡
 鶴ヶ城
 天守閣と走り長屋
 優美で華麗な鶴ヶ城
 五層の天守閣
 国内三カ所に建てられた
 荒城の月碑
 麟閣側から見る鶴ヶ城
 千利休の子設計の
 茶室麟閣
 鶴ヶ城の外堀
 野口英世が洗礼を受けた
 若松栄町教会
 野口英世青春通り
 野口英世青春広場に
 立つ忍耐碑
 16世紀のキリシタン大名
 蒲生氏郷の歌碑
 16世紀のキリシタン大名
 蒲生氏郷の墓碑
 会津若松駅前
 
SL運転開始記念碑
 会津若松駅前に立つ
 白虎隊士の像

裏磐梯高原の自然を満喫した翌日、折角の機会なので会津若松に回ってみました。僅か時間ではとても足りませんが、それでも何とか周遊バスを利用して予定通りに見学を終えることができました。

それにしても、この町の暑さは並大抵ではなく、暑さが大敵の私には地獄のようにさえ思えたものです。

およそ
40年振りで眺めた鶴ヶ城はやはり気品に満ちた美しいもので、改めて感動を呼び起こされました。どちらかと言えば男性的な松本城に比べて鶴ヶ城は女性的に感じます。その後回った羽黒山では、松平容保の墓に出会うまでの長い登りにちょっとビックリさせられましたが、中々いい運動になりました。
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杜の都の光のイベントと
 震災の傷跡
を訪ねる旅
 
(11.12.1212.13)



行程の概略
  千葉〜東京
仙台(光のページェント)
仙台(北仙台散策)
〜東京〜千葉


 光のページェント
 光のページェント
 定禅寺通りのきらめき
 光のページェント
 定禅寺通りのきらめき
 光のページェント
 定禅寺通りのきらめき
 光のページェント
 西公園の樹木の飾り


 青葉通り〜青葉城址公園
 市内観光用循環バス
 るーぷる仙台
 仙台出身の土井晩翠の旧居
 晩翠草堂 入口
 土井晩翠の旧居 居室
 土井晩翠の自筆による
 荒城の月の詩
 瑞鳳殿の入口に至る
 結構傾斜のある坂道
 杉の大木に囲まれた
 瑞鳳殿入口からの参道
 龍の給水口を備える
 瑞鳳殿の手洗い場
 瑞鳳殿の正面口
 華麗な造りの涅槃門
 涅槃門前から見上げる
 瑞鳳殿の唐門
 仙台藩の藩祖伊達政宗の霊廟
 瑞鳳殿の本殿 
 精巧な彫刻が施された
 瑞鳳殿本殿
 本殿脇に並ぶ殉死した
 家臣と陪臣の宝筺印塔
 青葉城址公園の象徴
 独眼竜政宗の騎馬像
 青葉城址に建立された
 土井晩翠の胸像
 仙台出身の詩人
 土井晩翠の業績紹介
 青葉城址本丸跡から見る
 
JR仙台駅方面
 復元された隅櫓(脇櫓)の
 大地震で落下した庇
 仙台藩の遣欧使節団長
 支倉常長の立像
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 北仙台の神社仏閣
光明禅寺〜資福禅寺
 光明禅寺の本堂
 光明禅寺の境内に立つ
 十三塔
 東昌禅寺の
 薬医門様式の質素な山門
 釈迦牟尼を本尊とする
 臨済宗東昌禅寺
 大地震で倒壊した
 東昌禅寺の石灯籠
 東昌禅寺の境内に立つ
 数百年を経た巨木
 大地震で倒壊した
 青葉神社大鳥居修復工事
 直近から見る
 青葉神社の拝殿
 青葉神社の境内に散らばる
 大地震の爪痕
 アジサイの並ぶ
 資福禅寺の参道
 仙台のアジサイ寺
 臨済宗資福禅寺の山門
 資福禅寺の灯籠と雪吊り
曹洞宗輪王寺 
 伊達政宗夫人の菩提寺
 曹洞宗輪王寺の入口
 輪王寺の参道に展示された
 お釈迦様の足型
 輪王寺十三仏の説明板
 両側に十三仏の像が並ぶ
 曹洞宗輪王寺の参道
 大日如来の化身
 不動明王の石像
 仏教の開祖釈迦の尊称
 釈迦如来の石像
 智慧の菩薩とされる
 文殊菩薩の石像
 慈悲と理知で人々を救う賢者
 普賢菩薩の石像
 苦悩の人々を救う子どもの守り神
 地蔵菩薩の石像
 未来に姿を現して人々を救う
 弥勒菩薩の石像
 人々を疾病や災禍から救う
 薬師如来の石像
 広く世の人々を救う
 観音菩薩の石像
 地獄や餓鬼界への転落から
 救う勢至菩薩の石像
 空間時間を超えて世を照らす
 阿弥陀如来の石像
 強い意志で悪魔の誘惑を断つ
 阿しゅく如来の石像
 宇宙そのものと一体な存在
 である大日如来の石像
 無限の智慧と慈悲を持つ
 虚空蔵菩薩の石像
 曹洞宗輪王寺の本堂
 大地震の傷跡を修復中の
 輪王寺本堂付近
 雪吊りの並ぶ初冬の輪王  寺 池泉回遊式庭園
 三重塔を背景とする
 初冬の輪王寺庭園
 紅葉の名残が見られる
 初冬の輪王寺庭園
 季節を問わず美しい
 輪王寺の庭園

大好きな仙台の町の大地震後の状況がたいへん気がかりだった私ですが、ちょうど光のページェントが開催されていることを知って泊で訪れました。仙台に住む友人のMさんとページェントを眺め牛タンも堪能しました。

翌日は、まだ訪れていない所に以前の旅でのお気に入りも含めて、循環バスと地下鉄、それにもちろん自慢の足も生かして市内巡りです。やはり、そこかしこに大地震の爪痕が残り、今更ながら大自然の怒りの怖さを痛感させられました。
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三陸の絶景と
復活した鉄路を巡る旅

(16.10.12〜10.15)

行程の概略
  千葉〜東京〜盛岡〜二戸〜久慈(泊)
〜島越〜宮古(泊)〜釜石〜盛〜気仙沼
〜一関(泊)〜仙台〜東京〜千葉

MAP(岩手県)


小岩井農場、盛岡城跡公園 (10.12)
   JR盛岡駅東口 
   小岩井農場まきば園入口 
   小岩井農場まきば園
 まきば館とモーモーライナー 
   小岩井農場まきば園
 レストラン山麓館 
   小岩井農場まきば園
 雲の垂れ込めた岩手山 
   盛岡城跡公園の石垣と
 桜山神社への道
   盛岡城跡公園、南部藩の
 藩侯を祀る桜山神社 
   盛岡城跡公園、盛岡藩の
 守り神烏帽子岩(兜岩) 
   盛岡城跡公園、石川啄木が
 十五歳時に詠んだ歌碑
  
   花崗岩の割れ目から育った
 樹齢
360年の石割桜 
   久慈グランドホテルから見下ろす
 三陸鉄道久慈駅構内 
初日に予定していた龍泉洞ホテルが台風10号による災害でダメになり、急遽予定を変更して久慈に泊まることになりました。久慈へは八戸回りでなく二戸駅からのJRバスが便利なため、それまでの時間をどう活用するかが問題ということです。

小岩井農場は
13年前に訪れていますが、今回も前回と同様天候が思わしくなく、岩手山を見ることができませんでした。残りの時間は盛岡城跡公園と駅に向かう途中の石割桜で費やし、IGR(岩手銀河鉄道)とJRバスで久慈に向かいました。 
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 三陸鉄道北リアス線 (10.13)
 久慈〜島越
   三陸鉄道北リアス線
 久慈駅 
   三陸鉄道北リアス線
 久慈駅の待合室 
   久慈駅発車前の北リアス線
 宮古行きワンマン列車 
   自販機も備えられている
 北リアス線の車内風景 
   陸中野田駅での列車交換 
   堀内到着直前のトンネル 
   白井海岸付近で
 視界に飛び込んだ船溜まり 
   北山崎展望台への入口
 田野畑駅に進入 
   北山崎断崖クルーズの
 最寄り駅島越に到着 
   津波に完全に破壊され
 漸く再建された島越駅 
   島越港への道から見る宮古
 方面への北リアス線鉄道橋 
 島越〜宮古
   島越駅に到着する
 宮古行きワンマン列車 
   島越発車直後の車窓から
 クルーズ船が発着した島越港 
   車内で出会った
 遠足帰りの子どもたち 
   北リアス線の車窓から見る
 大堤防が崩落した田老付近 
   宮古駅頭のにゃんこ神社
 (震災でも落ちずに大人気) 
   三陸鉄道北リアス線宮古駅 
三陸の沿岸に住む人々にとって三陸鉄道がいかに大切なものかは、分毎に電車が来るのが当たり前と思っている首都圏の人々には到底分からないと思います。それだけに、大地震で徹底的に破壊された鉄路が復旧した様は、どうしてもこの目で見たかったのです。

リアス地域特有の地形のため三陸鉄道の路線には多くのトンネルがあり、中にはかなりの長大トンネルもありました。車両はコンパクトながら清潔で、コンクリート路盤の区間も多いため乗り心地に問題はありません。

断崖クルーズのための途中下車があり、クルーズ船発着所のある島越(シマノコシ)を境に前後に分けてあります。 
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 北山崎断崖クルーズ (10.13)
   餌欲しさにクルーズ船に近づく
 ウミネコの編隊飛行 
   いよいよ北山崎を目指して
 外洋スピードアップへ  
   生物の化石や津波堆積物が
 造ったコイコロベ白亜紀層 
   猛烈な地殻変動を見せつける
 斜行地層と貫通する断層 
   間近で見る弁天崎 
   断崖の上に建てられた
 弁天崎灯台 
   アイヌの男女の
 悲恋伝説を秘める矢越崎 
   南側から見る
 矢越崎とローソク岩 
   リアス海岸の突端を象徴する
 岩のタワー 
   大岩壁の迫力 
   北側から見る
 矢越崎とローソク岩 
   霧の多い三陸の海では稀な
 水平線まで晴れ渡る眺め 
   火山活動や氷河、大津波が
 形成した三陸のリアス海岸 
   白い岩壁に覗く
 不気味な洞穴 
   遂に突入する
 北山崎の核心部 
   北山崎の最奥部
 海抜
200mにも及ぶ断崖 
   威圧感に満ちた
 北山崎の巨大な岩壁群 
   島越港に帰着 
三陸海岸での見所のトップに挙げられるのは「海のアルプス」と異名を持つ北山崎だと言われています。

実はこの北山崎を海から見るか陸から見るかは天候次第で決めることにしてありました。悪天候の場合は田野畑駅から展望台までを往復するルート、好天なら島越で断崖クルーズをということです。展望台からは高度感が十分に把握することができますし、クルーズならリアス海岸の断崖の連なりがひと目で分かります。両方は無理なので、願ってもない晴天を生かして島越港〜北山崎を往復する
50分間のクルーズを存分に楽しむことにした訳です。ただ、いくら平日の早朝とはいえ乗客が僅か人とはあまりにも寂しく、気の毒としか言いようがありません。

この地域は「やませ」と呼ばれる北東の風とそれに伴う濃霧で視界が遮られることが多いそうで、水平線まで何も遮ることなく見ることのできる滅多にない好天には、心底感謝するばかりでした。

クルーズ船から見る岩壁の連なりは北山崎に近づくにつれて威圧感を増していきますが、長い年月を経る間の隆起や火山活動、繰り返された大津波などの痕跡が岩石の色や地層、形状などからも窺われ、自然の営みの規模の巨大さと多様さをひしひしと感じることができます。 
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 浄土ヶ浜 (10.13)
   浄土ヶ浜の水辺に遊ぶ
 ウミネコの群 
   浄土ヶ浜を形成するのは
 砂ではなく丸い小石 
   浄土ヶ浜のシンボル
 エボシ岩と鷹岩
  
   津波時の教訓が記された
 屏風岩前のチリ地震記念碑 
   浄土ヶ浜から見る
 エボシ岩と浄土が島 
   浄土ヶ浜から見る
 鷹岩とエボシ岩 
   浄土が島(親亀)と
 剣の山、子亀 
   浄土ヶ浜から見る
 浄土が島(親亀) 
    浄土ヶ浜遊歩道から見る
 屏風岩と小沼
   浄土ヶ浜遊歩道から見る
 浄土が島と剣の山 
   浄土ヶ浜遊歩道と
 浄土が島東端部分(子亀) 
   遊歩道そばに見られる
 
5200万年前形成の白い壁 
   奥浄土ヶ浜から観光船
 乗り場へと抜けるトンネル 
   浄土ヶ浜の観光船 
   茂った木々で見晴らしの乏しい
 舘ヶ崎展望台からの眺め 
浄土ヶ浜が普通の浜辺と違うのは、砂浜ではなく小石でできていることです。いわば小石浜です。周囲には奇妙な形状の岩が林立し、不思議な雰囲気を作り出しています。「浄土」という名でありながら実際には「地獄」の針の山にも通じる剣の山もあります。
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  宮古〜釜石間の移動と
三陸鉄道南リアス線
(10.14)
 宮古〜釜石連絡バス
   津軽石付近の車窓から
 放置された
JR山田線の車両 
   津軽石付近の車窓から
 
JR山田線の踏切跡 
   車窓から見る
 陸中山田の現状 
   社による宮古〜釜石連絡
 バスの中継地道の駅やまだ 
   岩手船越付近の
 復旧工事現場  
   大槌付近の現状 
 三陸鉄道南リアス線
   三陸鉄道
 南リアス線釜石駅 
   釜石駅の南リアス線盛行き
 ワンマン列車 
   南リアス線の
 車窓から見る釜石港 
   南リアス線の車窓から見る
 吉浜湾と弁天崎方面 
   甫峰〜恋し浜間の車窓から
 越喜来湾と舘崎方面 
   甫峰〜恋し浜間の車窓から
 越喜来湾と大塩岬方面 
   恋し浜到着直前の車窓から
 美しい海と堤防工事現場 
   ステンレス製の透かし彫りが
 施された恋し浜の幸せの鐘 
   恋し浜(旧小石浜)駅の
 ホタテ絵馬の行列 
   愛のメッセージが書かれた
 恋し浜駅のホタテ絵馬掛け 
   盛駅前に設置された
 三陸鉄道起点のモニュメント 
宮古〜釜石間のバスから大震災後年以上も経つのに復旧工事すらあまり進んでいない事実を目にして、今更ながらこの状態を知りながら平然とあのお祭り騒ぎに数兆円も費やすことを当然と考えている人々に対する怒りが湧いてきました。JR山田線の悲惨な現状も、経済効率のみで物事を計る現代社会の冷酷さの現れです。

南リアス線の車窓からはふんだんに美しく穏やかな海の景色が見られ、これがあの大津波を起こして多くの人命を奪ったのと同じ海とはとても思えませんでした。大きな被害を被った小石浜駅も立派に復旧され、新しい駅名の“恋し浜”にあやかりたい人々の願いをこめた絵馬が所狭しとぶら下がっている光景は、興味深いものでした。 
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 BRT大船渡線
(10.14)
   BRT(バス高速輸送
 システム)大船渡線盛駅 
   BRTの車窓から見る
 遅々として進まぬ復旧工事
 
   大船渡市内の護岸工事 
   大船渡魚市場付近の
 車窓から見る大船渡港 
   細浦付近の車窓から見る
 波静かな大船渡湾  
   陸前高田の一隅で進む
 かさ上げ工事 
   工事車両だけが目に付く
 陸前高田 
   BRTの陸前高田駅 
   BRTの車窓から遙かに見る
 「奇跡の一本松} 
   気仙沼に到着した
 大船渡線の
BRT 
   JR大船渡線気仙沼駅
 ホームで待つ人々 
   気仙沼駅の
 キハ
110系ディーゼルカー 
   一関直前の踏切事故
 (トラックが遮断機を破壊) 
BRTは本来専用道路を走る筈ですが、盛〜気仙沼間の路線は一般道路に乗り入れる場合が多いため、かなりの時間がかかりました。津波被害の大きかった陸前高田は特に復旧工事の遅れが目立ち、先の見えない日々を送る人々の心情が思いやられてなりませんでした。

「奇跡の一本松」は確かに被災した地域の人々の心の支えとして重要かも知れませんが、人間の生活が精神的なものだけで成り立つ筈がないことを、東京で政治を操っている連中には真剣に考えて欲しいものです。
 


 厳美渓 (10.15)
   厳美渓の中心
 天工橋のたもと 
   御覧場橋に至る
 爽やかな朝の森の小径 
   岩と戦う磐井川の流れ 
   岩と対照的な
 群青色の淵  
   御覧場橋から見下ろす
 磐井川の下流方向 
   御覧場橋から見る
 磐井川と天工橋 
   名物郭公だんごの店
 「かっこう屋」 
   団子の注文と支払い、配達
 全てをケーブルとたらいで 
   天工橋から見る
 だんごの注文所付近 
   ようやく色づき始めた
 天工橋付近の木々 
一関からそのまま帰るのはもったいないので訪れた厳美渓でしたが、予想とは違い町の中のような環境であることにちょっと驚かされました。郭公だんごのことは気付かずに行ったので珍しい経験でした。 
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仙台七夕祭り
を楽しむ旅

 (13.8.6〜8.7)


行程の概略
  千葉〜東京〜仙台泊)
〜東京〜千葉


 七夕祭り前日 (8.5)
 鐘崎七夕ミュージアム
   蒲鉾で有名な
 鐘崎の七夕ミュージアム
   藩政期の七夕飾り
   昭和初期の七夕飾り
   昭和10年頃の七夕飾り 
   昭和30年頃の七夕飾り 
 JR仙台駅 他
   JR仙台駅前の七夕飾り
   JR仙台駅構内に飾られた
 七夕飾り 
   JR仙台駅構内
 伊藤園の七夕飾り
   JR仙台駅構内
 auの七夕飾り


  七夕祭り初日 (8.6)
秋保大滝、磊磊峡
   秋保大滝不動尊 
   日本三名瀑の一つ
 豊かな水量を誇る秋保大滝  
   激しく飛沫をあげる
 秋保大滝  
   名取川の激流  
   秋保文化の里の七夕飾り  
   遊歩道から見下ろす
 磊磊(ライライ)峡 
   磊磊峡の小さな滝
 時雨滝 
   磊磊峡の流れと岩壁 
 一番町通りの七夕飾り
   東一番丁の七夕飾り  
   ブルーに統一された
 七夕飾り  
   東一番丁の七夕飾り 
   レインコートを着た七夕飾り 
   人形芝居七夕座の演技  
   アーケードに一安心
 の七夕飾り
  
   アーケードに一安心
 の七夕飾り
  
   間もなく青葉通り、
 アーケードの切れ目 
 瑞鳳殿のライトアップ
   ライトアップされた
 瑞鳳殿涅槃(ネハン)門
  
   瑞鳳殿本殿前の七夕飾り 
   瑞鳳殿本殿の右側面 


   七夕祭り二日目 (8.7)
 大崎八幡宮
   大崎八幡宮の中門  
   大崎八幡宮の参道  
   七夕飾りが施された
 大崎八幡宮の本殿  
見納めの七夕飾り 
   人形芝居七夕座 
   東一番丁
 祭り二日目の賑わい  
   東一番丁の七夕飾り
   アーケード通りの七夕飾り 
   アーケード通りの七夕飾り  

僅かヶ月前に東北六魂祭に駆けつけたばかりですが、七夕祭りの観賞を兼ねてまた大好きな仙台の町を訪れました。

活気に溢れた勇壮なお祭りもいいとは思いますが、私はどちらかというと七夕祭りのような静かに楽しむことのできるものが好きです。それぞれが工夫をこらした飾りを眺めると、織女牽牛の輝く夜空を眺めながら何かと夢見た天文少年の頃が懐かしく思い出されます。

今回もまた友人の
さんにすっかりお世話になってしまいました。秋保大滝をこれほどゆっくりと眺められたのも彼女のおかげです。折角案内された鳳鳴四十八滝が11年前より更に荒れ果てていたのは、ちょっぴり残念でした。
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