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 津軽海峡を初めて渡る旅 
    青森、八甲田山 
    函館市内、大沼と駒ヶ岳
 カシオペアで北海道への旅
    カシオペア〜大雪山麓層雲峡 
    稚内(宗谷岬、ノシャップ岬) 
 世界遺産と津軽半島を歩く旅
    平泉、五能線、十二湖 
    金木、五所川原 
    岩木山、弘前、青森 
 南東北の山を歩く旅 
    吾妻小富士、西吾妻山


以下、ミニ画像をクリックすれば、
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津軽海峡を初めて渡る旅
(05.10.23〜10.26)


行程の概略
  千葉〜東京〜八戸〜青森(泊)
〜八甲田山麓〜山頂公園
田茂萢湿原〜山頂公園
〜八甲田山麓〜青森〜函館(泊)
市内散策〜函館(泊)
大沼公園〜函館〜八戸
〜東京〜千葉


  青森 (10.23)
 青森駅に到着した
 特急つがる
 旧青函連絡船
 八甲田丸
 旧青函連絡船桟橋への
 線路の名残
 陸奥湾と夏泊半島
 青森駅を出発する
 函館行き特急白鳥

八甲田山登山の前日青森に着き、中学時代の親友と束の間の再会を果たしたあと町を散策しました。かつて津軽海峡の花形だった八甲田丸を見学し、連絡船の桟橋に至る線路を遙かに目にすることができました。


八甲田山  (10.24)
 八甲田山麓
 萱野高原の朝の林
 山麓の名物茶屋
 かやの茶屋
 寒風吹きすさぶ八甲田
 ロープウェイ山頂駅
 鮮やかな色彩を見せる
 ナナカマド
 田茂萢湿原の木道
 ガスに包まれた
 田茂萢岳
 深くえぐれた
 赤倉岳への登山路
 強風の吹きすさぶ中
 日が差す下毛無岱
 田茂萢からの
 八甲田大岳
 長い裾野を見せる
 八甲田大岳
 赤倉岳を振り返る
 八甲田山麓の紅葉

青森の友人に会った翌日、函館に渡る前に八甲田山を目指しました。例によって天気に恵まれず、台風並みの強風が吹きすさぶ中をせめて赤倉岳には登ろうとしたのですが、登山口あたりからは前夜の雨でひどい悪路だったため、前途に危険を感じてやむなく断念しました。
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MAP(函館)

函館 その (10.24〜25)
 函館駅に到着した八戸
 からの特急白鳥
11
 夜の函館駅の表情
 世界三大夜景の一つ
 函館山からの眺望
 朝の函館駅
 観光の便利な足
 函館市電
 函館市電の乗客たち
 五稜郭タワーから
 函館山を望む
 五稜郭タワーから
 北西方向を望む
 立待岬付近にある
 石川啄木一族の墓
 立待岬
 立待岬から望む
 津軽海峡
 立待岬から望む
 函館市街

夕方函館に着きチェックインを済ませて函館山に登りました。幸運にも快晴で素晴らしい夜景を楽しむことができました。

翌日はかねてのプラン通り徒歩で十分回れる中心部は後回しにし、先ず北の五稜郭に行き次に南の立待岬に向かいました。市電と常時携帯の健脚をフルに活用したのはもちろんです。


MAP(函館)

函館 その (10.25)
 函館の礎を築いた功労者
 豪商高田屋嘉兵衛の碑
 ロープウェイから見下ろす
 昼の函館市街
 函館山から見下ろす
 昼の函館市街
 カトリック
 函館元町教会
 正面から見る
 函館ハリストス教会
 明治の木造洋館
 旧函館区公会堂
 旧イギリス領事館
 旧イギリス領事館
 窓から覗く領事の像
 黒船を率いて訪れた
 ペリー提督来航記念碑
 北方民族資料館
 アイヌの防寒衣料
 北方民族資料館
 アイヌの人々の生活用具
 新島襄の
 海外渡航記念碑
 北海道第一歩の地
 記念碑
 函館海鮮市場前の
 足踏みオルガン
 赤レンガ倉庫の
 立ち並ぶベイエリア
 金森赤レンガ倉庫群
 旧青函連絡船摩周丸

立待岬から中心部に戻り昼の函館山に登りました。その後は歴史的建造物の多い元町からベイエリアを経てホテルまで、全て徒歩で済む簡単な町歩きでした。

神戸に似たエキゾティックな雰囲気の町だけに、町歩きの苦手な私も結構楽しむことができたのです。旧領事館内のカフェでアフタヌーンティーを味わい、最終目的の摩周丸には薄暗くなる頃到着しました。


 大沼と駒ヶ岳 (10.26)
 函館本線大沼公園駅
 大沼公園後楽橋
 後楽橋から見る
 西大島橋
 快晴の駒ヶ岳
 大沼湖に浮かぶ
 紅葉の島
 湖月橋、金波橋と駒ヶ岳
 見事な紅葉を見せる
 大沼湖畔の林
 天に向かって突き上げる
 駒ヶ岳の山頂
 大沼公園駅前の
 クマの像

前日とは一転、自然の中に飛び込むべく駒ヶ岳を眺めに大沼に出掛けました。僅かな本数の列車だけが頼りなので、何かあれば函館からの帰りの列車に間に合わない場合も考えられましたが、思い切って決行したのです。結果は上々、八甲田山では既に終わっていた紅葉もここでは存分に鑑賞することができ、駒ヶ岳の特異な姿も堪能できました。


 函館〜青函トンネル
(10.26)
 函館駅発車前の
 特急スーパー白鳥
24
 車窓から見る津軽海峡
 青函トンネル吉岡海底駅

体力勝負の海外旅行を優先し国内旅行は後回しにした私には、これが初めての北海道上陸でした。それだけに、青函トンネルを行き来したときも多少の感慨があったのは事実です。

国内で飛行機を使うのはどうしても避けたい私には、青函トンネルを北海道新幹線が通るようになれば助かるのですが、生きている間には無理なようです。結局、次の項のように
10年後に寝台特急カシオペアで行きました。
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カシオペアで北海道を訪ねる旅

 (大雪山麓、日本最北端)
(15.6.28〜7.2)


行程の概略
  千葉〜上野〜(カシオペア)
〜札幌〜旭川〜層雲峡〜旭川
〜稚内〜宗谷岬ノシャップ岬
〜稚内〜札幌〜東京〜千葉


カシオペア〜札幌
(6.28〜6.29)
 寝台特急カシオペア
   上野駅13番線の寝台列
 車待合所「五つ星広場」 
   入線した全車階建ての
 寝台特急カシオペア 
   26系客車のドア部分
 ローマ字の行く先表示 
   上野駅13番線ホーム
 の列車案内板 
   今回の牽引機交直両用
 の
EF510−509 
   三段重ねの夕食、カシオ
 ペアスペシャル弁当 
   カシオペアのツイン個室
  
   各車両の側面に
 設置された通路 
   ラウンジカーから木古内
 付近のトンネル通過後 
   朝のラウンジカー車内 
   函館駅、機関車交換の
 ための連結解除作業  
   青函トンネル専用の交流
 電気機関車
ED79 
   函館からの牽引機DD51
 ディーゼル機関車重連 
   朝食時間には混み合う
 ダイニングカー
階の食堂  
   ダイニングカーの特等席
 窓際のテーブル 
   質、量ともに納得の
 朝食(洋定食 )
   札幌駅に到着したDD51
 
ディーゼル機関車の 重連
 札幌、ランチタイムの藻岩山
   北の玄関口
 堂々たる
JR札幌駅 
   札幌市電の車内風景 
   ロープウェイ入口電停
 付近の札幌市電 
   もいわ山ロープウェイから
 霞む札幌市街 
   もいわ山ミニケーブル
 の路線 
   札幌大通公園の花壇 
   札幌大通公園の花壇  
   大通公園から見る
 さっぽろ
TV塔 

北海道新幹線の開通を機に時刻表から姿を消す寝台特急カシオペアに乗ることができるようになり、最後の北海道旅行のつもりでまだ訪れていない層雲峡と稚内を主目的に出掛けました。

映像で何回か見たカシオペアですが、実際にそれで旅をするのは感慨深いものです。ツインの個室はあまり広くはありませんでしたが、内部構造にはかなりの工夫がされていました。

ただ、ラウンジカー(展望室)の構造や室内装飾はシンプル過ぎて、ヨーロッパ調のトワイライトエクスプレスの方が雰囲気的には数段優れているように感じました。ダイニングカーも食堂が
階であるためか狭く感じて意外でした。

長距離の走行であるばかりでなく、直流区間〜交流区間〜海底トンネル区間〜非電化区間の違いに起因する機関車交換もあって、レールファンとしてはたいへん興味を惹かれました。 
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大雪山麓・層雲峡
(6.29〜6.30)

 銀河の滝、流星の滝、大函
   2011年に改装された
 近代的な
JR旭川駅 
   樹間から垣間見る
 名瀑銀河の滝(女滝)  
   優美な姿を見せる
 銀河の滝(女滝) 
   大雪山麓層雲峡
 銀河の滝と不動岩  
   不動岩からの120m
 流れ落ちる銀河の滝  
 万年もの石狩川の浸食
 で
24km続く断崖絶壁 
   落差90mを豪快に
 流れ落ちる流星の滝  
   一気に流れ落ちる
 大流量の流星の滝(男滝)  
   万年前の巨大噴火の
 痕跡、大函の説明板 
   石狩川による長年の浸食
 の跡を示す大函 
   多目的ダム大雪湖、この
 先石狩川は地中を流れる 
 大雪山、黒岳五合目
   黒岳五合目に咲く花
 (ヤマオダマキ?) 
   高松台(展望台)から
 見る恨めしい雲海 
   高松台で、幸運にも
 突然姿を見せた黒岳  
   高松台で、特徴的な
 姿の岩と背景の山々 
   高松台で、再びわきあがる
 雲に隠れる峰々 
   瞬く間に広がる雲海に
 覆い隠される黒岳 
   黒岳ロープウェイ
 (山麓〜中腹)のゴンドラ 

旅に出掛ける前の予報では晴れ続きだった北海道の天候が少しずつ悪化して、雨に見舞われる確率が高い中で動くことになってしまいました。ところが幸運にも、層雲峡の目玉の一つであるつの名瀑を回る間は全く雨も降らず、曇天ながら飽きるほど眺めることができたのです。

山が大好きな私にとってのもう一つの楽しみは黒岳からの大雪山系の展望でしたが、これははじめからほとんど諦めていました。ロープウェイで中腹に登った頃は既に小雨が降り出していて、高山植物園だけ見てから下るつもりでいたのです。ところが、折角だからと展望台(高松台)に登ってみた
分後に不思議にも雲が切れて、僅かの間ながら黒岳も姿を見せてくれたのです。しかもその間は雨も小止みになり日差しまでも。少し前まで同じ場所にいた人々はもう下ってしまったためこの奇跡には巡り合えず、本当に気の毒でした。

大雪ダムから下流の一部の区間では石狩川の流れが地中にトンネル化されていて、事実上石狩川は分断されているそうです。

かつては信濃川に匹敵する
364kmの長さを誇っていた石狩川は、あまりにも蛇行が多く度々洪水を起こしたため何回もの工事で100km近くも短縮され現在の長さは268kmです。 
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稚内〜札幌
(6.30〜7.2)
 JR線日本最北端稚内駅
   特急サロベツの車窓か
 ら河口が近い天塩川 
   勇知付近の車窓から
 見る北北海道の農地 
   稚内に到着した
 ディーゼル特急サロベツ 
   「遙けくも・・・」を感じさせる
 稚内の駅名標示板 
   「日本最北端稚内駅」
 の表示板
   南北の始発駅と終着駅
 の駅名標示板 
   
   日本最北端を象徴する
 行き止まりのレール 
   日本最北端のレール
 の説明板 
   JR稚内駅前の
 たたずまい 
   ホテルの窓から見る
 早朝の稚内港 
 日本最北端宗谷岬
   宗谷岬行きバスの車窓
 からかすかなサハリン
 
   サハリンが島であると発見
 した間宮林蔵の立像 
   宗谷岬に咲くアルメリア
 (花かんざし) 
   宗谷岬先端に建てられた
 日本最北端の碑 
   日本最北端の碑の
 標示板 
   春の光景を歌った叙情
 歌「宗谷岬」の音楽碑 
   岬の前で「我こそは最北
 端」と言いたげな岩石群 
   柏屋の正面に設置された
 日本最北端の表示 
宗谷岬平和公園 
   宗谷海峡監視のため
 建てられた旧海軍望楼 
   宗谷海峡での
 海軍戦没者の慰霊碑 
   日米両政府が合同で
 建立した平和の碑 
   平和の碑の説明 
   天北酪農の夜明けの
 象徴であるあけぼの像
   大韓航空機撃墜事件の
 犠牲者を悼む祈りの塔 
   恒久平和と核廃絶を
 願う世界平和の鐘
 
   世界平和の鐘の説明 
   稚内の平和都市宣言に
 基づく子育て平和の鐘 
   旧海軍望楼から見る
 宗谷岬の周辺 
   旧海軍望楼から見る
 日本最北端の碑 
   帰路のバスの車窓から
 見る稚内市街 
 野寒布(ノシャップ)岬
   ノシャップ岬付近の海岸 
   ノシャップ岬の標柱
   ノシャップ岬
 イルカのモニュメント 
 
   ノシャップ岬
 恵山泊漁港と灯台 
   稚内駅の
 札幌行き特急サロベツ 

初めて稚内駅に降り立ったときは、やはりとうとう最北端に来たんだなという気持ちになりました。当然のことながら駅構内にもそれを認識させるような掲示や設備がいくつも見られました。

翌朝は予報で昼過ぎから雨と知り、朝食を後回しにして始発のバスで宗谷岬に向かったのです。案の定人影はほとんどなく、ゆっくりと最果ての地の感触を味わうことができました。更に丘の上に幾つも設けられた平和を願う施設を訪れて、この地が特に冷戦時代には最も緊張を強いられていた場所であることも思い出し、改めて最北端ということの重みも感じさせられました。晴れていればサハリンも見えるのですが、かすかに見えたような気がしただけです。

ホテルに戻って朝食を済ませてからはもう一つの目的地であるノシャップ岬に行きました。こちらは宗谷岬とは違いバスも市内線で本数が多く便利です。残念ながら曇天で期待していた利尻山は眺められませんでした。
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北東北の世界遺産と
津軽半島を訪ねる旅
(11.8.24〜8.27)


この旅は元々2011年の月を予定していたもので、プランが完成したのは月頃でした。しかし、その後発生した大地震で中止せざるを得なくなってしまいました。

初めのプランでは、八戸からは八戸線、南北リアス線と気仙沼線経由で南下して仙台に出るはずでしたが、これが不可能になったため一部を修正して出掛けることにしたのです。

世を挙げての自粛ムードに逆らって旅をすることには多少抵抗がありましたが、もはや年齢的にも体力的にもボランティアなどは無理な身であり、被災者の建て直しに貢献できるのは、募金と被災地の産物購入を除けば旅先での僅かな消費くらいしかないという思いもあったのです。

普通なら指定券の確保が難しい五能線の観光列車でさえ閑古鳥が啼く状態だったことに、大きな違和感を覚えました。「頑張ろう・・・」のような言葉や「花は咲く・・・」のような歌による励ましも大切ですが、実質的な貢献はもっと重要ではないでしょうか?

被災地からの転居者が心ない仕打ちに遭ったり、被災地(とりわけ福島)の生産品を科学的な根拠もなく忌避したり、この国が相変わらずの「ことだま」社会であることがとても残念でなりません。

行程の概略
  千葉〜東京〜一ノ関〜平泉
〜秋田(泊)〜十二湖金木
五所川原〜弘前(泊)〜岩木山
弘前青森(泊)〜東京〜千葉


MAP(北東北)

平泉 (11.24)
毛越寺
 藤原秀衡が完成した
 毛越寺の本坊入り口
 俳聖芭蕉の句碑 
 「夏草や兵どもが夢の跡」
 毛越寺本堂
 毛越寺の正門だった
 南大門跡
 水際に迫る岩山を模した
 築山
 毛越寺開山の祖である
 慈覚大師を祀る開山堂
 毛越寺の中心伽藍だった
 大金堂圓隆寺跡
 平安時代唯一の遺構
 平野の川を表現する遣水
 常行堂付近から見る
 大泉ヶ池
 1732年に再建された
 常行堂
 海岸の砂州を表現する
 洲浜
中尊寺
 かなり急な傾斜の
 中尊寺月見坂
 自害する義経と大往生の
 弁慶の木像を祀る弁慶堂
 天台宗の高僧慈覚大師が
 創建した中尊寺の本堂
 中尊寺の祈祷道場
 不動堂
 竹林を背にする阿弥陀堂
 藤原基衡の卒塔婆
 芭蕉の句碑 「五月雨の
 降り残してや光堂」
 芭蕉像と
 奥の細道の文学碑
 四季の庭と竹林が美しい
 大長寿院
 東日本唯一の能舞台遺構
 白山神社能楽殿
 中尊寺の鎮守、イザナギと
 イザナミを祀る白山神社
 奥州藤原時代の種子から
 育てた中尊寺のハス
 月見坂入口近く、義経の
 忠臣武蔵坊弁慶の墓
高舘・義経堂
 高舘・義経堂への参道
 義経堂近くに建立された
 芭蕉の句碑「夏草や・・・」
 高舘の高台から見る
 北上川
 頼朝の圧力で藤原泰衡が
 義経を攻めた衣川の遠望 
 仙台藩が建立した義経の
 木像が安置された義経堂
 藤原秀衡、源義経、武蔵
 坊弁慶の
800年の供養塔

平泉は曇り空でした。世界遺産指定後の混雑の報道に一応覚悟はしていたのですが、月下旬まで待った甲斐あってさほどのことはなく、落ち着いて歩き回ることができました。

この日は秋田泊まりなので、予定した
時間を効率的に使うため毛越寺から始めて右回りのルートを取ったのです。平泉は40年ほど前に一度訪れているのですが、当時とは見違えるほどどこも整備が行き届いていました。

中尊寺は今回は隅々まで見て回りましたが、金色堂と覆堂の写真はうっかり撮り損ねてしまいました。新しいデジカメの使いぞめで、まだ操作に慣れていなかったのも原因かも知れません。金色堂は撮影禁止でもあり、またネットでも写真とともに詳細に解説されているので、特に残念なことという意識はありませんが・・・。

高舘・義経堂はかなり離れた場所にあって歩くには時間がかかり過ぎるので、観光用のるんるんバスを利用したのが正解でした。時刻表を頼りに上手に使うと役に立ちます。
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五能線・十二湖 (8.25)
リゾートしらかみと秋田〜十二湖
 JR秋田駅の リゾート
 しらかみ
号(青池編成)
 リゾートしらかみ青池編成
 
普通車指定席
 リゾートしらかみから見る
 広大な八郎潟干拓地
 大間越付近の車窓から
 見る日本海の岩礁
白神山地、十二湖
 白神山地十二湖の一つ
 王池
 日暮の池との別れ
 越口の池
 沸壺の池へと通じる
 ブナ林の中の小径
 霧が立ちこめる沸壺の池
 沸壺の池から
 青池への小径
 十二湖中最も有名な
 透明度の高い青池
 湖畔の展望通路から見る
 深い青色の青池
 奥十二湖、鶏頭場の池
 バスの車窓から、白い凝灰
 岩の日本キャニョンの断崖
十二湖〜千畳敷
 十二湖駅に入るリゾート
 しらかみ
号(ブナ編成)
 リゾートしらかみブナ編成
 の普通車指定席
 広戸付近の車窓から見る
 日本海に突き出た岩山
 広戸付近の車窓から見る
 褐色の岩の塔
千畳敷海岸
 千畳敷海岸、大仏岩と
 それに連なる奇岩群
 太宰治の小説「津軽」の
 一節が刻まれた文学碑
 千畳敷にゆかりのある
 大町桂月の文学碑
 海側から見ると
 大仏に見える大仏岩
 津軽藩主が畳千畳を敷き
 宴会を開いたという千畳敷
 千畳敷海岸から見る日本
 海と北海道の松前半島
 千畳敷駅で発車を待つ
 リゾートしらかみ

当初の予定では秋田を早朝時半の普通列車で出て十二湖駅まで行き、白神山麓の十二湖をゆっくり時間かけて歩き回るはずでした。しかし、天候の変化が日遅れてこの日も雨模様となったため、急遽十二湖歩きを時間縮めるよう予定を変え、秋田を時間遅く出る五能線の観光列車リゾートしらかみに乗ることにしたのです。

レールファンの私は、旅のプランではいつも列車にこだわります。今回は十二湖駅から先の五所川原までをリゾートしらかみ利用にしてあったのですが、予定を変えたお陰で2種類のリゾートしらかみに乗ることができました。車両は予想以上に豪華なもので、特に前後の座席間隔の広さは驚くほどです。

十二湖歩きは時折の霧雨程度でほとんど支障はなく、ルートが短くなった分原生林歩きも短くはなりましたが、いくつかの池を経由して最後に誰でも訪れる青池に着くまで、ブナ林の中の一人歩きを存分に楽しむことができました。何より怖いクマさんにも会わず、肌に群れて刺すと聞いていた虫も雨模様のせいで少なく助かりました。

車窓からの日本海の景色は場所によってかなり違います。岩の色が様々なのは地質の関係でしょうが中々面白いものです。有り難かったのは、十二湖駅からのリゾートしらかみ
号が千畳敷駅に15分停車し、千畳敷海岸の散策時間を確保してくれたことです。こうしたきめの細かいサービスも、ローカル列車のいいところだと思います。
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金木、五所川原 (8.25)
五所川原〜芦野公園
 津軽五所川原駅の
 津軽鉄道「走れメロス号」
 冬季はストーブ列車になる
 「走れメロス号」の車内
 無人駅、芦野公園駅
 津軽三味線発祥の地
 記念碑
 津軽三味線を讃える
 記念碑
 芦野公園に立つ
 太宰治の銅像
金木
 津軽三味線会館
 太宰治幼時の遊び場で小
 説「思ひ出」の舞台雲祥寺
 太宰治記念館
 「斜陽館」の前面
 太宰治記念館
 「斜陽館」の入口
 
 斜陽館の一室
 床の間のある座敷
 斜陽館の仏間
 ピカピカに磨かれた
 斜陽館の廊下
 斜陽館の庭
 斜陽館、
 太宰治が誕生した部屋
 斜陽館、囲炉裏のある
 板敷きの部屋
 斜陽館の蔵
 津軽鉄道金木駅の表札
 金木駅で交換する
 津軽鉄道のワンマン列車
 「走れメロス号」の
 車内の吊り広告
五所川原
 五所川原
 立佞武多の館
 立佞武多の館の展示
 五所川原の立佞武多
 立佞武多の館の展示
 五所川原の立佞武多
 立佞武多の館の展示
 五所川原の立佞武多
 夕暮れ迫る
 
JR五所川原駅

五所川原でリゾートしらかみからストーブ列車で有名な津軽鉄道に乗り換え、金木の一つ先の芦野公園で降りて公園内を歩いてから太宰治記念館に向かいました。太宰治の生家は大邸宅で、「金木の殿様」とまで呼ばれた名家の出身であることと、彼のどちらかというと暗い作風や何回もの自殺未遂、そして最後の入水自殺との間に横たわるギャップは、謎としか言いようがありません。

この日の宿泊地弘前に向かう前に、五所川原の立佞武多(タチネプタ)の館に寄ってみましたが、高さ
22mにもなる巨大な立佞武多の林立にはただ圧倒されるばかりでした。

同じ津軽半島でも、場所によって呼び名が「ねぶた」と「ねぷた」に分かれています。不思議に思って聞いてみると語源は同じとのことでした。展示されていた地図によれば、一部例外はあるもののどうやら北部ではねぶた、南部ではねぷたと呼んでいるようです。
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岩木山、弘前 (8.26)
岩木山(津軽富士)
 岩木山九合目から見る
 白神山地方面
 鳥ノ海噴火口
 岩木山九合目から見る
 三角錐の岩木山山頂
 鞍部を過ぎて登りに変わる
 急傾斜の登山路
 二のおみ坂から見下ろす
 鳥ノ海噴火口
 二のおみ坂の中間地点
 高校生遭難を機に造られ
 た
 鳳鳴ヒュッテ付近から
 見る雲海
 二のおみ坂から見下ろす
 鳳鳴ヒュッテと御倉石
 二のおみ坂から見る
 山腹の奇岩
 下山途中の二のおみ坂
 から鳳鳴ヒュッテと御倉石
 嶽温泉へのシャトルバス
 から見る岩木山
弘前市内
 JR弘前駅
 津軽藩ねぷた村の入口
 津軽藩ねぷた村の展示
 弘前ねぷた
 津軽藩ねぷた村の展示
 弘前ねぷた
 弘前城の北口
 亀甲橋
 弘前城亀甲門(北門)
 中壕に架かる橋から見る
 丑寅櫓
 北の廓から本丸への入口
 鷹丘橋
 弘前城の展望台から
 見る岩木山
 桜の名所本丸に再建
 された弘前城の天守閣
 弘前城南内門(南大門)
 杉の大橋から見る
 弘前城の中壕
 弘前城の南口
 追手門(大手門)
 1906年に建設された
 日本基督教団弘前教会

早朝のバスに乗って嶽温泉経由岩木山八合目に向かい、リフトで九合目に着いたのは時過ぎでした。

帰りのバスまでは
時間半あるので頂上まで登れると思っていたのが大誤算!かなりの急傾斜の上、落石等による事故も少なくないと聞き、ちゃんと登山靴まで用意したのに二のおみ坂の途中までで引き返すことになりました。この日からは晴れなので頂上から北海道を眺めるのを楽しみにしていたのがパーになってしまいました。さすがに無理の利かない年齢なので、仕方ないことではあります。

もう一つの誤算は食事でした。早朝の出発なので前夜に用意をしておこうとしたらスーパーにはもう何もなく、コンビニは遠いので諦めて朝はごく簡単なもので済ませたのです。バス乗り継ぎの嶽温泉で何か食べようとしたら何もなく、結局そのまま九合目まで登ってしまったのが運の尽き!僅かな携帯食料で凌ぎ、下山した八合目の自動販売機で数十年振りにお目にかかるカップラーメンのお世話になったというお粗末な結果です。万事用意周到を旨とする私にしては、あまりにも初歩的な失敗でした。でも、カップラーメンがあのように美味しいものだということを発見できたのは怪我の功名でした。

弘前に戻り、津軽藩ねぷた村を見ましたが、五所川原のあとでは見劣りするばかり、その後は桜の季節には観光客が殺到するであろう弘前公園内を縦断し、夕方最後の宿泊地青森へと向かいました。
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青森 (8.27)
ベイエリア、ワ・ラッセ
 津軽海峡の花形だった
 青函連絡船、八甲田丸
 青森ベイブリッジ
 青森ねぶたの紹介施設
 ワ・ラッセ
 ワ・ラッセの展示
 青森ねぶた
 ワ・ラッセの展示
 青森ねぶた
 ワ・ラッセの展示
 青森ねぶた
三内丸山まほろばパーク
 縄文の丘、三内まほろば
 パーク前のロータリー
 縄文時遊館の展示
 縄文人の衣服(復元)
 縄文時遊館の展示
 縄文人の生活風景
 縄文時遊館の展示 子
 どもの墓に使われた土器
 縄文時遊館の展示
 復元された土器
 縄文時遊館の展示
 イヤリングとヘアピン
 縄文時遊館の展示
 鹿角製のハンマー
 縄文時遊館の展示
 石製のスプーン
 縄文時遊館の展示
 食器に使われた土器
 大型竪穴住居と
 堀立柱建物
 復元された縄文中期の
 大型堀立柱建物の柱
 堀立柱建物の基礎部分
 竪穴住居の入口
 竪穴住居の内部構造
 竪穴住居の天井部分
 高床式の堀立柱建物群
 土葺き住居
 茅葺き竪穴住居
 茅葺き竪穴住居の
 内部構造
 円錐形の土葺き住居
 微妙に異なる
 3つの茅葺き住居

青森では午前中は三内丸山遺跡、午後はねぶたの里を訪れる予定でした。ところが、ねぶたの里へのバスが少な過ぎるので観光案内所で他の交通手段はないかと聞いたところ、何と最近ベイエリアにねぶた紹介施設ができているというのです。新しいガイドブックにも全くそのような情報はなく、ネットでも気が付きませんでした。そのため午後の時間が大幅に浮き、帰りに楽しみにしていた「はやぶさ」を残念ながらキャンセルして早めの電車で帰ることになりました。

三内丸山遺跡は縄文人に関係する住居や生活様式などを紹介していますが、数十年前は縄文人は弥生人に比べて劣っているというのが定説だったような記憶があります。今ではもちろん両者は古代日本の先住民と渡来人という区別が妥当なようですが、いずれにしても、現代日本人の大部分が両者の混血による子孫であることは不思議ではないでしょう。
2012年の月頃に九州北部を旅するつもりなので、その際に弥生文化を紹介している吉野ヶ里遺跡にも足を延ばして比較してみようかと思っています。

東北三大祭りの中で最も人気のある青森ねぶたですが、新しい施設からは豪快さや素朴さよりも何となくよそ行きの印象を受けました。実際に祭りを見ればまた違って見えるのでしょうが、人混みを極度に怖れる私には無理な相談です。
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南東北の山を訪れる旅
(06.10.20〜10.21)


行程の概略
  千葉〜東京〜福島〜浄土平
吾妻小富士〜浄土平〜福島
〜米沢(泊)〜白布湯元〜天元台
〜北望台〜梵天岩〜天元台
〜白布湯元〜米沢〜東京〜千葉


吾妻小富士 (10.20)
 浄土平からの
 一切経山
 吾妻小富士への道
 吾妻小富士中腹からの
 家形山
 
 吾妻小富士のケルンと
 一切経山
 吾妻小富士の火口底

西吾妻山に登るのを目的に出掛けた旅ですが、初日のゆとり時間を利用して浄土平を訪れてみました。そのためだけのバス便が福島からあるので助かりました。


西吾妻山  (10.21)
 バスの車窓から
 白布付近の紅葉
 ロープウェイ
 天元台高原駅
 天元台高原駅前の
 祠と長命水
 リフトから望む飯豊山方面
 白い魔女を思わせる
 樹林の中の一本の樹木
 歩きにくかった
 大岩がゴロゴロの登山道
 かもしか展望台の標柱
 晴れていれば展望抜群の
 かもしか展望台付近
 晴れていれば展望抜群の
 かもしか展望台付近
 ガスの立ちこめる
 大凹への道
 ひんやりとする中
 山上の湿原を貫く木道
 大凹の水場
 冷たく美味しい湧き水 
 錦秋の彼方の飯豊山

何回か書いているように私は不思議なくらい東北の山との縁が薄く、週間予報での好天続きを頼りに計画した山行がほとんど裏切られます。西吾妻山などは、2005年と2006年の夏二度にわたって、好天がずれて悪天になったり台風の襲来が早まったりで中止に追い込まれ、ホテルも特急券もキャンセルする羽目になりました。

今回は、好天が
4,5日続くということで「今度こそは」と期待して出掛けました。初日は米沢への直行ではもったいないので福島で途中下車し、30年振りに浄土平に行き吾妻小富士に登りました。やはり水が溜まっていない火口は味気ないものです。

米沢の町は私には暑過ぎ、登山口あたりでやっと涼しく感じるようになりました。山上は
5℃前後で動くにはちょうどよく、岩がゴロゴロ転がり前日の雨で滑り易い登山路に予想外に悩まされました。時折薄日が差すものの濃霧で見通しは利かず、周囲の山々の展望を楽しむことも無理なので、予定より本早いバスで帰ることにして、梵天岩の手前で引き返し下山したのです。紅葉を存分に楽しめたのがせめてもの救いです。帰りの車中では、もちろん予定通り美味しい米沢牛の駅弁に舌鼓を打ちました。
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