生きていく上でのこだわり 


私は、この國の高齢者にはあまりにも後ろ向きの人が多過ぎると日頃から感じています。折角人間として生まれたからには、たった一度しかない人生を最後まで前向きに生きなければ勿体ないのではないでしょうか?以下、私の考え方を述べてみます。



     ○ 年を重ねることに伴う体力等の変化には留意しながらも、
年齢には縛られず前向きに進んで新しい
       ものに取り組む
ようにしています。一度しかない人生だからこそ、ただ年を数えていたのでは勿体ない
        と思うし、
青春を奪われた私にとっては少しでもそれを奪い返したい気持ちに駆られているのです。
     ○ 人間は誰でも年を重ね肉体的には衰えていきます。しかし、
年を取ることは恥ずかしいことでもなけれ
       ば嫌なことでもない
のです。本当に恥ずかしいのは精神の老いです。その点、日本人は「年相応」
        かどうかをひどく気にする傾向があります。この殻を打ち破って
古い”老人モード”から抜け出すことこ
       そ
生き生きした生活の源
だと信じています。「もう年だから・・・」という後ろ向きの考え方が心身の老
        いを加速する
のだと思います。変人の私は、むしろ早く年を取りたい気持ちがあります。理由は、「ほら
        この年までこのように健康で生きてこられたよ」と自分に誇ることができるからです。誰でも簡単にできる発
        想の転換です。もちろん、そのためには長期にわたる適切な健康管理の継続が不可欠ですが。
     ○ 初めは手に余るように感じることでも、諦めずに挑戦していけばいつかは壁を乗り越えることができ
       る
と信じています。最初から諦めていたのでは、何も得られません。求めよ、さらば与えられんです。
        現代人の欠点の一つに「ちょっと骨が折れそうな事には手を出さない」あるいは「難しくなるとすぐ諦めてし
        まう」ということがあります。
学生時代に壁を乗り越える経験をさせていないことが原因だと思います。
       
皆が自分の好きなことだけにしか関心を持たなくなるのは非常に危険な一面があると思うのです。
        なぜならば、関心の対象が違う人間同士ではお互いに相手のことを正しく理解できなくなるからです。
        もちろん人間の能力には限界があるので全ての事柄に精通するのは不可能です。そこで、誰にとっても
        「最低限必要と思われることを広く薄く教え込むのが義務教育」ですが、戦後は占領軍の政策もあっ
        て「狭く、より薄く」になってしまいました。地理を例にとれば、都道府県の位置と主な都市や世界の主な
        国々の位置と首都ぐらいはほとんど誰でも知っていました。要するに「
最低必要な知識は繰り返し詰
       め込んだ
」のです。それなのに、
屁理屈の達者な教育学者などが「詰め込みは悪」というバカげ
       た考え
を広めてきた
のです。基本になることは理屈抜きで詰め込むことが必要だというのが私の考
        えですが、子どもの躾なども含めて、
詰め込むべきことと自分で考えて結論を導き出させることを区
       別
せずにきたことが、学力だけでなく社会全体のあり方にもある種の悪影響を及ぼしていると思います。
     ○ 
TVやインターネットなどがなかった頃と比べれば、今は膨大な情報が全世界を飛び回っています。もち
        ろんその中には無数のニセ情報や悪意に満ちた情報も含まれています。このような情報過多の時代に
        は個人個人が視野を広めることが非常に大切だと考えています。
日々関わる身辺の雑事だけでなく
       電子顕微鏡の世界からブラックホールの世界まで、広く関心を持つことが大切
だと思います。
       日
常生活に直接関係する事柄だけにとどまっていると、どんどん視野が狭くなってしまい
ます。
        考え、思い、空想するのは自由なのですから、半径
3kmしか見ようとしないのは非常に勿体ないことで
        す。中でも
メディアから与えられる情報は十分吟味する必要があります。メディアは視聴率に支配さ
        れているためその上昇に役立つ情報しか取り上げません。同じ時間帯に同じ話題をいくつものメディア
        が放映するのもそのためです。ともすると、
そうした情報に乗せられてもっと大切な情報から目をそら
       されてしまいます
が、危険極まりないことだと思います。TVもインターネットもあくまでも自分の意志
       で使うものであり支配されるものではない
のです。もちろん、昨今最強の主役になっているスマホやタ
        ブレット端末も。
     ○ 安全第一をいつも心がけています。思い通りに生きるためには身体という資本が最も大切だからで
        す。しかし「安全第一=消極的」という訳ではないのです。不必要な、つまり
避け得る危険からは身を
       守る
ということです。人生の全ては大なり小なり確率に支配されています。従って、
危険な目に遭う確
       率をできるだけ少なくすることが思い通りに生きるためには必要不可欠
ということになります。危険を
        承知の上で行動する必要がある場合は、当然周到な準備をしなければならない訳です。例えば私の
        場合、自転車に簡単なサイドミラーを付けているだけで後方からの車に対する情報が得られ、安全性
        は格段に向上しています。これはほんの一例ですが、ちょっとしたことで危険から身を守れるのです。
     ○ 物事には全て表と裏があります。メビウスの世界のような表裏のないものは皆無です。ある事物の利
       点にだけ目を奪われていると思わぬ禍いを招きます
。日常生活では何事についても利点と問題点
        を並べて判断を下すことになりますが、どの場合でも
必ず
マイナス面の存在を忘れないことが極めて
       重要
だと思います。家庭電器でもインターネットでも車でも、それぞれの便利さだけに目を向けずマイナ
        ス面、つまり様々な危険性をも意識してそれに備えることが大切だと思います。どのような利点がありどん
        な点に注意するべきかはそれぞれ違いますが、選択の仕方には人それぞれの持つ価値判断の基準や
        人生観が大きく関わってくるように思います。最近はそうした機器に関する基本的な知識さえ欠く人々が
        増加しているようですが、これも
人任せの生活に慣れ過ぎていることの現れかも知れません。
     ○ 外見を飾ることに興味を持つのはもちろん人それぞれの自由ですが、大切なのは他の人々に不快感を
        与えないようにすることです。そのためには
内面を磨くことがより一層大切になってきます。人柄は言動
       によく表れます
ちょっとした言動からその人の内面のあり方がわかるものです。日本人は肩書きで
        人を評価する傾向が強いですが、
肩書きと人物そのものが必ずしも比例しないことは昨今の官界や
        民間企業のリーダーたちのていたらくを見れば明白でしょう。大切なのは誠実であることと他人(特に見
        知らぬ他人)に対する尊敬の念と優しさだと思います。
地位や財産などあらゆる付属品を取り去った
       あとに何が残るかで人間としての価値
が分かると私は思っています。貧弱な中身にきらびやかな
       包装をしても本物の値打ちは生まれない
でしょう。現代はそのような虚飾にこだわる人が増えているよ
        うに思えてなりません。